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02.06
Wed
マックスはシャワーを浴びながら、3年前のことを鮮明に思い出していた。
よく引き締まった体についたボディソープが洗い流されて行く。

正直、キャサリン・パーカーのことは、そのあと思い出すことはほとんど無かった。
思い出すにはマックスは多忙過ぎた。
業務上、昼夜関係なく、多くの決定が経営者であるマックスに求められ、彼はそれに応えた。
そして残りのわずかな私生活でも、気の合う恋人がすぐに現れ、マックスの気を、彼女を思い出すことから逸らしていた。


マックスは19歳の大学在学時代に、在籍している大学の学生向けに安価なセキュリティソフトを作り、販売した。これは彼が予想していたよりも売れた。

そして他の大学の学生からも声が掛かる様になった。
マックスの作ったセキュリティソフトはサークル活動など、ある一定のグループを対象としたネット上もので、そのグループごとに少しカスタマイズが必要だった。マックスはその収益で会社を立ち上げると、そのソフトを企業や大学など、より大きな組織に売り込んだ。
目論見はあたり、すぐに年商は2000万ドルを超えた。
そしてその会社を高額で売却すると、新たに、人と人をつなぐコミュニティサイト、ピピコムを立ち上げた。

ピピコムは瞬く間にユーザー数1千万人を超え、今や、全世界で2億人を超える人がユーザー登録をする企業に成長した。広告収入や会員費などで、ピピコムの年商はセキュリティソフト会社の頃の比どころでは無い。最近ではソーシャルネットワークサービスやネットゲームなどの配信もしているし、独自のソフト開発も行っている。
マックスは若干28歳にして、誰もが知る青年IT実業家であり、多くの資産を所有する大富豪になっていた。

当然、多くの女性と知り合い、付き合った。だがとっかえひっかえという訳では無い。
中には2~3か月くらいの短い恋もあったが、好意と敬意を抱ける女性と付き合ってきた。
マックスは、一度寝た女性とは二度と寝ない、などという傲慢な考えは持っていなかった。


シャワーを止めると、マックスは浴室を出てタオルで体を拭く。
そして先程の鏡を見ながら髭をそる準備を始める。


彼が3か月前にピザ配達のアルバイトを始めたのは、ほんの気まぐれだった。
ピピコムも設立6年目を迎え、運営も順調になり優秀な人材が多くそろう様になると、社長であるマックスの仕事量は大分減った。だが仕事量が減ったのはマックスの手腕による。

昔は深夜まで会社で仕事をし、会社に寝泊まりすることもしょっちゅうだったが、それでは部下が育たないと気づいた。周囲からの注意もあった。
何より、ピピコムをより大きな企業へ成長させるためには、世の中のニーズを常に把握し続ける必要がある。それにはマックスの独断のみではなく、各社員や社内からのアイデアが必要になってくることは必至だった。

そこでマックスは、なるべく業務を部下に任せることにしてみた。
任せてみると彼らは予想以上に多くの仕事をこなしてくれた。
マックスはその経験で、任せることは信頼を示すことになるのだという事にも気付いた。
そして信頼されているという思いは人を成長させる。

ピピコムは、おかげでマックスが毎日出勤しなくても支障をきたさなくなったし、IT機器の充実で会社に出勤しなくても必要な業務はできる。
だからと言ってマックスは遊んでいる訳では無く、基本は毎日会社に出勤している。
ただ、部下のおかげで残業をする必要がなくなってきたのだ。
もともと仕事中毒の気のあるマックスは、空いた時間に困ってしまった。

そこで思いついたのが、ピザの配達だった。
何のことは無い、たまに頼むピザ屋のHPでメニューを確認していると、アルバイト募集の項目が目に入ったのだ。1日3時間程度マウンテンバイクでピザを配達するアルバイトなら、ジムに通って体を鍛える手間が省けるし、今と全く違った仕事で面白そうだった。
それに色々な家庭を垣間見て、色々な人の人生を想像できることにも興味をひいた。
なにより、青年IT実業家として有名になってしまったマックス・コナーズでは無い自分、というのが楽しそうだった。

以上の3点から、ピザ配達のアルバイトをすることを決め、秘書のアルバート・フランツに話した。
5年以上もマックスの秘書を続けている彼は呆れながら反対をしたが、大企業の経営者であるマックスは、こうと決めたら貫き通す頑固さを持っている。
それに予想されるリスクは充分に回避できるものばかりだ。

アルバートの反対に「慎重に行動する」という譲歩案をつけて、マックスはピザ配達のアルバイトを始めた。
もちろん、他の重役には秘密にしている。
猛烈な反対に会うことは目に見えているからだ。
秘書にだけ伝えたのは、何か緊急なことが発生した場合に、マックスのスケジュールを知っている者がいる必要があるからだった。


今日配達したナタリー・フィールディングとは、アルバイトを始めた頃からの知り合いだった。
最初、やたらと話しかけてくる彼女に警戒し愛想笑いで対応していたが、すぐに彼女が世話好きで話好きなだけだと気が付いた。
彼女が住むビルの住人で、70歳を超えるドナルドさんの荷物を運ぶのを手伝っているのを彼女に見られていたらしく、それからは特にいろいろと話し掛けられて親しくなった。

今日、彼女はピザの支払いの際に、友人のキャサリンとこの後マンハッタンのバーに行くが合流しないか、とマックスを誘ってきた。
キャサリンは長い間付き合っていた男性と別れて落ち込んでいるので、元気付けてあげたいのだ、という。

〝マックス、あなたはなかなかの好青年だし、キャサリンのいいお友達になってあげてほしいの。
  お願い、人助けだと思って〟
ナタリーにそう頼まれて、マックスは偶然の重なりに驚嘆した。
3年前に魅かれたキャサリン・パーカーと再会し、現在彼女はシングルなっている。
しかもその友人であるナタリーから、一緒にバーに行くよう誘われたのだ。
〝だめかしら?〟
あまりのタイミングの良さについてマックスが考えていると、その沈黙を拒否と受け取ったナタリーが心配そうに尋ねた。

物事には、予期していなくても予期していない方向へタイミング良く進む時と、こちらへ進みたいと努力しても困難ばかりにぶち当たる時とがある。
マックスはこれまでの経験から、偶然の重なりを信じていた。
周りの物事の流れがその方向を指し示すとき、それに抗わずにいた方がいい。
特に今回は。そんな気がした。

〝行かせてもらうよ。ただ、バイトが終わってからだから遅くなるけど〟
マックスは答えていた。


髭を剃り終えて、ローションを塗るとジーンズを履き、生成りのコットンシャツを着る。
髪を乾かした後、出かけるためにLDKを横切ると、夜景が煌めいているのが目に入った。
世界中の人が憧れる眺望だが、もう既に見慣れた風景になってしまったそれは、彼の心を動かさない。

マックスはナタリーの部屋で見たキャサリンを思い出していた。
彼女は3年前と変わっていなかった。
いや3年前より少しほっそりとした顎が、彼女をさらに魅力的にしている。
くつろいだ格好をしていたが、初対面の人物に対する隙の無い雰囲気はそのままで、ブロンドの髪は相変わらずまとめていた。

――今夜彼女は僕のことを思い出すだろうか。
マックスは考えた。しかしそれより、今夜、彼女が髪を降ろして来るかどうか、ということの方が気になった。
マックスは電動カーテンのスイッチを入れると、カーテンが閉まり切るのを確認する前に細身のダウンジャケットを羽織って、部屋を出た。




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