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02.05
Tue
キャサリン・パーカーは急いでいた。
もう今日は残業しないと決めていたのに。

スティーブが久しぶりに会いたいと予約している店まではもう少しだ。あと1ブロックで着く。
最近オープンした店で、二ツ星レストランで修業したシェフが、多国籍な要素をふんだんに取り入れたニューフレンチに腕を振るっているらしい。斬新でおいしいと同僚の間で噂になっていた。
評判は上々で、なかなか予約が取れないと聞いている。

――スティーブにしては気の利いた店を予約したものだわ。
キャサリンは思った。
スティーブとは最近、お互い仕事が忙しくて会うのは久しぶりだった。

4週間、いや1ヶ月ぶりになるだろうか。
スティーブが仕事でシカゴに転勤になってから、この1年半ぐらいそんな状態がつづいている。

キャサリン自身も、勤めている法務事務所で総務チーフに昇進してから、自分自身の業務のほか、新入事務員の女の子の教育を担当したりと、以前より多忙になった。

キャサリンが勤めるウィンターズ&マッカラン法務事務所は企業法務を主な業務にしており、専任の弁護士が4人いる。各弁護士には特定の秘書はおらず、キャサリンを含めて7人が在籍する総務部で各事案ごとに弁護士をサポートする体制になっていた。


――あの店ね。
周囲の喧騒の中で、その店の入り口周辺は照明を抑えて落ち着いた雰囲気をかもし出している。
あえて作り出された暗がりの中で、そこだけライトアップされた青いドアがとてもモダンだ。
キャサリンは入る前に一旦足を止めて隣の店のウィンドウに映る自分の姿をチェックした。

秋も深まってきたこの時期、ニューヨークの夜は冷え込む。
今日キャサリンは淡いブロンドをいつものようにまとめていたが、少し華やかさを足すためにシニョンをつけていた。彼女のブロンドは全体的に淡いが、所どころ濃淡がありくすんだような感じがして彼女は完璧には気に入っていない。そのため、くくることが多い。

若い頃は嫌で染めたりしたが、最近はそういうことはしていない。
この色はこの色でいいかも、という、自分自身を認める気持ちが出てきていた。
仕事帰りなのでドレスという訳にはいかないが、パンツスーツではなく女性らしさを前面に出したツィードスーツを今日は着ている。

少しお尻が大きいのが難点だが、スカートから除く足は引き締まっていてなかなかだと、キャサリンは思った。ジャケットの前ボタンは止めず、中に着ているオーガンジーのシャツを見せている。
シャツの襟元はクラシカルでフェミニンなリボンタイになっていた。
そこには、付き合い始めたころにスティーブから貰ったゴールドのネックレスが輝いている。
小さなダイヤの付いたネックレスのチャームにはLOVEと彫ってある。
キャサリンはそのチャームをそっと触った。

――もしかしたらスティーブは今日、プロポーズするつもりかもしれない。
キャサリンは期待を込めてそう思った。

付き合い始めの頃は、よくスティーブの方から普段の会話のなかでそれとなく結婚を匂わされてきたが、当時はキャサリンの方がまだ結婚したくはなかったので、うまく会話をはぐらかしていた。
仕事が面白かったし、プライベートも楽しくて結婚どころではなかった。
だが、付き合ってから5年も経ち、友人たちも結婚して行くと、そろそろかなと思う。

それに、キャサリンは先々月に33歳になったのだ!
もう結婚していてもおかしくない歳だ。

実をいうと、その誕生日を迎える時にもスティーブからのプロポーズがあるかと期待をしていたのだが、それはあっけなく裏切られた。
プロポーズどころか誕生日にはスティーブと会うことすらなかった。
お互いが仕事で忙しく、会う日程を調整しているうちにずるずると誕生日をずれてしまい、結局会わないままになってしまったのだった。

――でも、もし彼が今日プロポーズするつもりだったら、
  結婚式は来年の6月に間に合わせることができる。
  ジューンブライドになるわ。

スティーブがそこまで計算しているかどうか分からないし、彼の性格的にそんなロマンティックな計算をするとは思えないけれど、キャサリンは淡い期待を抱かずにはいられなかった。
なんてったって、自分は33歳なのだ。
結婚適齢期を過ぎているし、2人が付き合ってきた月日を考えると、プロポーズはとても自然なことのように思えた。

プロポーズされてもいいようにと、今日はいつも選ぶような暗めで堅苦しい服装ではなく、女性らしい装いを選んできた。
だってそんな特別な日に、ねずみ色のスーツは避けたい。
キャサリンはヘーゼルナッツ色の瞳をきらきらとさせながら、少し急いだためにピンク色に上気した頬のまま、店の名前でもある青いドアを開けた。




入り口できょろきょろと店の中を見渡していると、店内から洗練された物腰のウェイターがすっと近寄ってきた。スティーブ・スミスの名前を告げると、ウェイターは慣れた手つきでキャサリンを促す。
「やあ」
少し薄暗い奥のテーブルからスティーブが手を挙げた。

「ごめんなさい。残業が入っちゃって。今日は残業をしないつもりだったのに」
キャサリンは謝りながらウェイターが下げてくれた椅子に座った。
「いいよ、ダーリン。仕事が忙しいのはお互い様だよ」
スティーブは微笑む。

そう、彼はこんなちょっとの遅刻で怒ったりしない。優しい人なのだ。
「すごく素敵な店ね。予約とるの難しかったんじゃない?」
彼女は訊ねた。

「ここのオーナーが僕の顧客の知人なんだ。で、特別に予約してもらったんだ。
 でもこんなにおしゃれな店だとは思わなかったよ。あ、コース頼んでおいたけど、いいよね」
「もちろん。おなかぺこぺこ」
キャサリンは目を丸くしておどけた表情をしながら答えた。

店内はモダンで、客席はプライバシーを保てるように適度に離されている。さすがに評判になるだけあって満席だった。
ほどなく、先ほどの洗練されたウェイターがカラフルな前菜を運んできた。

スティーブとは知人のホームパーティーで知り合った。
新築披露のパーティーで、メインの屋外バーベQの時に彼の方から声をかけてきたのだ。
黒髪にブラウンの瞳の彼に話しかけられた時、キャサリンは正直、外見は70点だなと思ったが、瞳がとても優しい人だとも感じた。当時、彼は車メーカーの新人教育部門に所属していて、キャサリンは仕事の人間関係のことで話すうちに、意気投合していた。
不思議と彼とは最初から気兼ねなく話せたし、とても居心地がよかった。

2人が付き合うのはとても自然なことのように思えたし、また自然とそうなった。
何年か前に世界を襲った経済不況の際、スティーブの勤めている車メーカーは大規模なリストラや早期退社の募集を余儀なくされた。しかし彼はリストラされること無く、苦境を耐えた。
その後、そのメーカーの他店と同じように彼が勤務するニューヨーク支店も人員削減となり、シカゴへ転勤、営業職に配置換えになった。

彼が慣れない仕事で疲れていることはキャサリンにも想像できたし、疲れている彼にわがままを言いたくはなかった。
だからお互いに会う時間が減ってしまったのは仕方のないことだった。


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