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02.14
Thu
キャサリンはジョンの部屋を退室すると、事務所内の小さなカフェコーナーへ向かった。
そのまま総務部へ戻って通常業務を行う気には、とてもなれなかった。
総務部には、ローザがいる。
少し気持ちを落ち着ける必要があった。

――良かった、誰もいない。
キャサリンはカフェコーナーに誰もいないことに安堵した。
きっと今の自分の顔は見られたものじゃないはずだ。
怒りと失望が、心と頭を支配している。

キャサリンは、コーヒーメーカーのボタンを押した。
ガガガガ、という不細工な音を立てて機械が動き出す。
オズがジョンにキャサリンのミスを報告した件も腹が立ったが、ローザの発言に、よりショックを受けていた。


ローザは、W&M法務事務所の顧客であり、ジョンの古くからの友人の娘だ。
本来、W&Mでは縁故による雇用はしないが、娘の社会勉強をどうか助けてやってほしいと、彼女の父親にジョンが頼まれたのだった。彼女の父親が経営する食品加工会社は、W&Mの顧客の中でもトップクラスの顧問料を支払う取引先でもあり、ジョンと共同経営者であるトビ―は断れなかった。

彼女は大学を卒業した後、とある企業に就職したが、一年足らずでそこを辞め、アルバイトをしたり、働かなかったりしながら生活していたらしい。もちろん、家はリッチなので生活には困らない。
典型的な、悪い方の見本の様なお嬢様だった。

ローザがW&Mで働き始めてからの、彼女の業務状況の確認はキャサリンの仕事だった。
別にローザが特別という訳ではなく、キャサリンはチーフだったため、入ってきた新人の面倒を見る立場だったのだ。今までも誰かが辞めて新しく雇用された新人にはキャサリンが教えてきた。
しかし、ローザはまさしく特別な新人だった。

まず、遅刻、早退が多い。
無断欠勤も何度かあった。
そして服装が派手だった。
別にキャサリンもプライベートであったら、彼女の服の趣味について文句は無かった。
むしろ服の趣味はいいだろう。ただ、法務事務所では、少し女性らし過ぎるし、色使いがカラフル過ぎた。
実際、相談にやって来た客が何組か、彼女を見てあっ気に取られている場面に出くわしたことがある。
まず、キャサリンはローザのそういう面を直させなければならなかった。

しかし、ローザは意外にも注意に対して従順だった。
注意をすると、すいません、気を付けます、と素直に謝る。
キャサリンは、案外彼女はいい子だと思った。だが、それは間違いだったと程なく気付いた。

次の日、ローザは前日に注意されたにも関わらず遅刻をし、ハート柄が全面にプリントされたTシャツにデニムスカートで出社して来た。
キャサリンは唖然とした。
彼女を呼び出し、再度注意すると、彼女は、チーフに言われたのであまり派手では無い服を選んできたんですが、ダメですか、と真剣な目をして答えた。

キャサリンは少し頭痛がした気がした。
どうやら彼女には常識というものが欠けているらしい。
こんな勤務態度で良く前の職場が一年も続いたものだ、と思った。

それからキャサリンは、ローザを注意深く、根気良く指導してきた。
そして分かったのは、彼女は仕事の能力が低いのではなく、仕事をする上での常識を今まで教わっておらず、少しわがままで無責任なだけだ、とういう事だった。

彼女は基本的には素直で、失敗をしたりミスを指摘すると、謝り、直そうとする。
そんな時は資料を完璧に作成できるし、来客対応などでは、彼女が応対した客が彼女の機転の良さを絶賛することもあった。ただ、むらっ気があり一旦はミスも少なくなるのだが、しばらくするとまた同じ様なミスをする、といった具合だ。
彼女は若いし、人生を楽しんでいて、誘惑に弱いのだ。
しかしローザは努力をしていた。
彼女がW&Mに入社した当初はどうなることかと思ったが、最近は服装で注意することは無くなったし、遅刻、早退もほとんどない。電話対応も良くなった。あとは書類のまとめ方や誤字がもう少し良くなってくれれば、と思うぐらいだった。

そんなローザを、キャサリンはたくさん注意もしたが、たくさんミスをかばって来たし、数多くフォローをしてきたつもりだった。彼女がまとめきれなかった資料を幾度となく、休日出勤をして期限に間に合うように彼女の代わりに作成した。彼女の作成した資料の確認をして、担当弁護士の手元に渡る前にミスを修正してきた。

しかしローザは、そんなことには全く感謝をしていなかったらしい。
もちろん、感謝して欲しくてした事ではないが、自分とローザの間にはそれなりの信頼関係があると思っていた。それに怖がられるほど彼女を邪険に扱った覚えもない。彼女がキャサリンのことを『怖い』と表現したことは、キャサリンにとってかなりの衝撃だった。


――私、知らず知らずの内にローザにきつく言っていたのかしら。
キャサリンは出来上がったコーヒーを飲みながら思った。
カフェコーナーに豆のいい匂いが立ちこめている。

このことでジョンに、後輩に厳しい女性だと思われたであろうこともショックだった。
今までキャサリンは真面目に仕事をこなしてきたし、周囲と上手くやってきたつもりだった。
そしてそう評価をされていると自負していた。
ローザに対してその努力が報われなかったことは、明白だった。
キャサリンは自分のキャリアに傷が付けられたと感じた。

――でも、ローザに対して話すとき、私は普段の不満が態度に出ていたのかもしれないわ。
彼女は認めたくはなかったが反省をした。
そうやって自分の非を認めなければローザに対する気持ちが落ち着かなかったからだ。
だが簡単に、感情は整理できない。

キャサリンはコーヒーを飲み干すと、空になった紙コップを握り潰し、怒りを発散させる様にごみ箱に勢いよく投げ入れた。

そして、カフェコーナーにある手洗い器で、勢いよく手を洗う。
ほんとうは顔を洗いたかったが、化粧をしているので洗う訳にはいかない。
代わりに、水で冷えた手を頬に当てると、鏡をみて自制心を取り戻すように作り笑いをした。

まあまあの笑顔だった。これ以上は難しい。
よし!、と気合いを入れるとローザのいる総務部へ戻った。




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