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02.14
Thu
スティーブと別れてからの約1ヶ月、キャサリンの生活は公私共にトラブルに満ちていた。

スティーブとの別れは彼女を打ちのめしていたが、仕事はいつものように完璧に注意深くこなしていた。
彼と別れた翌々週、キャサリンは同僚であるW&M(ウィンターズ&マッカラン)法務事務所に所属する弁護士の一人、オズワルド・スピネリの担当する離婚訴訟に関する法廷用資料の作成を頼まれた。

彼女は、訴訟相手であるケント氏の過去5年間の素行調査に関する報告書・納税状況などをまとめて、オズの机の上に置いた。この事件に関して、彼女は当初からオズの補佐担当となっており、資料を作るのは朝飯前だった。午後から法廷が開かれるその日、彼女は確実に午前10時にはオズの机の上に資料を置いた。

ところが、午後2時からの法廷にオズが関連資料を持って行った際、キャサリンが用意したはずの資料は、その中から無くなっていた。
帰ってきたオズは、キャサリンに激怒した。
〝うまく話をはぐらかして資料提出をなんとか次回へ延期させたが、危うく裁判官の心証を危機的状況に
 陥れるところだったじゃないか、キャシー〟

キャサリンは驚き、確実に資料は机の上に置いた、と反論したが、実際に資料は無かった。
キャサリンには納得が行かなかった。
そしてその日、昼前にオズに来客があったことを思い出した。
以前から訪問予定のあった客で、取り立ててその客に不可解なところは無かったが、来客の際にローザがコーヒーを出している。もしかしたらローザは私が置いた資料を見ているかもしれないと思った。

――ローザが見ていてくれたら、自分が資料を確実に置いたことがはっきりとする。
資料はその後、どこかに行ったということになる。
キャサリンはローザに訊ねた。資料を見なかったか、と。

その時ローザは、何かに怯える様にきょろきょろとし、知りません、と答えた。
キャサリンはそのローザの様子に、何かおかしいと感じた。

〝本当に? ローザ。資料を見なかった? 表にこんな風に書いてあったんだけど〟
キャサリンは資料の表紙にどう書いてあったかを詳しく説明した。
ローザは首を振り、
〝何も気づきませんでした〟
と答えた。

その2日後、キャサリンはW&M法務事務所の経営者であるジョン・ウィンターズ弁護士に、彼の部屋に来るようにと呼ばれた。キャサリンは何か嫌な予感がした。わざわざ部屋に呼ばれるのは珍しい。

キャサリン達が仕事をする総務部は従業員全員が机を並べており、全体を見渡せるようになっている。
しかし各弁護士は業務の性質上、一人ひとり区切られた部屋を持っていた。
総務部のあるエリアからキャサリンはジョンの部屋へと短い廊下を抜けた。

木製のドアをノックすると、中から、入って、と声が聞こえた。
「失礼します」
キャサリンはドアを開けた。
ジョンは彼の木製の机に座り、眼鏡をかけて資料に目を通している。
彼の後ろの壁は弁護士事務所らしく一面が本棚になっていて、法律関連の書籍がびっしりと並んでいる。
白髪頭で少し太めの彼がそこに座っている姿は、まさしく弁護士のイメージそのものだ。

資料から目を離さずにジョンは言った。
「ああ、そこに座って」

キャサリンは促がされて、悪い予感を感じながら普段座ることのない、来客用の革張りの応接セットに腰掛けた。しかしジョンは、彼女に見向きもせず、資料を読み続けている。沈黙が流れた。
「あの・・・」
キャサリンは、あまりの気まずさに声を発した。

「うん、すまないね。さて」
ジョンは資料に目を通し続けていたことを詫びると、ファイルを置き、眼鏡を外した。
そして、考え事をする時の癖で眉根を揉む。

「キャシー、オズからね、ケント夫妻の訴訟の件での君のミスについて聞いたんだが・・・」
ジョンに問われて、キャサリンはカッとなった。
オズはジョンにあの一件を報告したのだ。
確かに、資料が無かったためにオズは法廷で窮地に立たされかけたようだが、わざわざ報告するとは、意地の悪い男だ。キャサリンは咄嗟に反論をした。

「あれは違うんです、ジョン。私は彼から頼まれた資料を確実に、午前10時には彼の机の上に置いたん
 です。ですが、なぜかその資料が無くなってしまったんです」
キャサリンは、ヒステリックに聞こえないように、声のトーンを落として話すように努めた。
ジョンは、キャサリンの言葉を黙って聞いている。

「うん、キャシー、君は資料を作成して置いたんだね、彼の机の上に。君は嘘をつくような人じゃないし、
 君にはあり得ないミスだと、私も思うよ」
彼は長年の弁護士の経験から身に着けた癖で、言葉を区切りながらゆっくりと言う。
キャサリンは信じてもらえていることに、ほっとした。

ジョンは一呼吸おいて、背もたれに深々と背を預けると、
「だが、資料は無くなった」
と言った。そしてもう一度、眉根を揉むと続けた。
「済んだことは仕方がないし、オズも法廷で、いい経験になっただろう。問題はね、資料が無くなったこ
 とではないんだ、キャシー。ローザにね、資料のことを訊ねただろう? ローザがね、君のことを、怖い
 と言っているんだ」

ガツンと棒で頭を殴られたような衝撃がキャサリンを襲った。
何と答えてよいか分からない。
言葉が出なかった。

「ローザは確かに、仕事でのミスが多いようだし、君がいらつくのも分かるが・・・」
ジョンは言いかけた。
キャサリンは、弁明しなければならないという気持ちになった。
「しかしジョン、私は彼女に質問しただけで、決して問いただすような事はしていません。それに彼女
 は・・・」

ジョンは彼女の言葉を、もういい、と言うように手を振って遮った。
キャサリンはその後に続けるはずだった、彼女は資料を見ていないと言っており自分に彼女を責める理由などない、という言葉を苦い思いと一緒に飲み込んだ。

「彼女はまだ、子供なんだよ、キャシー。聡明な君なら分かるだろう。もう少し、彼女に優しく接して
 みてはどうだろう」
キャサリンはジョンの言わんとすることが理解できた。
キャサリンが正しいかどうかは、問題では無いのだ。

無力感を感じながら、言葉を吐いた。
「ローザですか? その・・・、彼女があなたに直接言ってきたんでしょうか」
キャサリンはどうしても確かめたかった。

ジョンは眉間にしわを寄せると何拍か置いて、言った。
「いや、私がオズから話を聞いた後、ちょっと気になったので、ローザに聞いてみたんだ。その時に、
 彼女が答えたんだよ。さあ、キャシー、いいね」

ジョンは、誰が言ったか、誰から聞いたかは問題では無いと言外に伝えていた。しかしそれではキャサリンが納得しないだろうと説明したのだ。
キャサリンは了承せざるを得なかった。
「・・・はい、分かりました」

「すまないね。いろいろと苦労をかけるが、君には、期待しているよ」
ジョンはにこりと笑って言った。




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