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07.27
Sat
――何だよそれ、ここまで喋らせておいて、そんないい加減な!

アルバートは思わず彼女を睨み返す。
もともと心理学や哲学、それらを専門とする学者の言葉なんか信じていないし、毒にも薬にもならないと思っていたが、ダニエラの態度に、その思いを強くする。
やはり心理学者は、詐欺師の集まりの様なものだ。

ダニエラはそんなアルバートの睨みを意に介さず、微笑み返して来た。

「アル、大事なのはあなたの気持ち、よ?」
「・・・私の気持ち、ですか?」

アルバートはダニエラの言葉が俄かには飲み込めず、繰り返した。

「そう」
彼女は言って、頭の後ろで組んでいた手を前にやると、机に肘をついて指を組んだ。
指には真っ赤なマニキュアが綺麗に塗られている。

「アル、あなた、すごく落ち込んでるわね・・・」
「ええ・・・」
「彼女の事、ショックだった?」
「・・・もちろん、ショックですよ! 3年も付き合っていて、彼女にずっと嘘を付かれていた。その嘘を
 見抜けなかった。馬鹿みたいに、疑わなかった」
「そうね、あなた傍目にも分かるくらいに、とても今回の事で憔悴してる」
「・・・」
「誰にも心を開こうとしなかったあなたが、こんな風に私に相談するくらいに、ね」

アルバートはハッと顔を上げて彼女を見た。

「アル、クールでドライな氷の秘書様は、どこに行ったのかしらね。・・・彼女は、あなたの仮面を剥ぎ
 取ってしまったみたいね」
「・・・それは、そんな事をされていたと分かれば、誰だって冷静ではいられませんよ」

ダニエラは彼の手を取って、ニッコリと微笑んだ。
その掌は温かい。

「40年以上生きて来た女性として、多少の女心は分かるつもりだけど、彼女が嘘をつき続けても3年
 もあなたと付き合ってきたのは、真実を言わなかったんじゃなくて、言えなかったんだとは考えられ
 ない?」
「言えなかった・・・ですって? そんな! 言うチャンスはいつでもあった。言えなかったからって、
 言えなかったからって、3年も? そんな事!」

ダニエラはアルバートの、怒りに震え、絞り出す様な声を黙って聞いている。
そして彼の言葉が終わると、ぽんぽんと彼の手の甲を優しく触った。

「そうね。もしそうだとしても、なかなか理解できる事じゃ無いわね」
そう言って、ダニエラはゆっくりと席を立つ。

アルバートは、もう一度机に目を落としてじっとしていたが、顔を上げて自身も席を立った。

「アル、あなたの事、心配している人がたくさんいるのよ?」
ダニエラはそう言うと、彼を優しくハグした。
アルバートの方が彼女より大分背が高いので、逆に彼が彼女をハグしている様に見える。

「・・・有難うございます」
アルバートは口に出していた。
少し照れ臭いが、素直に彼女の言葉が嬉しい。

「うふっ。でもこれで、あなたの弱み、握っちゃったわね」
ダニエラは彼から身体を離すと、いつもの口調に戻って、ニッタリと笑った。

「・・・部長」
アルバートは豹変した彼女の調子に、顔を引き攣らせた。

ダニエラはそんなアルバートの様子に、先程とは違う笑顔を見せると、
「ちゃんと、ご飯食べるのよ」
と母親の様に言った。

アルバートはダニエラ部長につられて、クスッと笑った。
「食べてますよ・・・」



アルバートはCEO室に続く秘書室に戻った。
椅子に座るとすぐに、CEO室の方のアクリルガラスのドアが開いた。

「アル、ダニエラと一緒だったのか?」
アルバートの直属の上司である長身のCEOは、今日もグレーのスーツを着ている。
彼にはこの色が良く似合う。
彼は自分で自分の魅力を良く分かっている男だと思う。

「ええ、何かご用事ですか?」
「いや・・・、ああ、今日の夕方からのB&E教育事業(ブレンダン&エミリー・エデュケーション・プロ
 グラム)の2周年記念セレモニーだが、君も参加しないか?」
「私も、ですか?」

B&E教育事業とは、ピピコム社が出資している教育事業団体だ。
貧困、保護者の無関心等を理由に、まともな教育を受けられない、もしくは公的教育を受けてはいるが、更なる高度な教育を受けることが出来ないといった子供、6歳~18歳までを対象にしている。
ピピコム社はこの事業を通じて、社にもたらされた莫大な利益を社会に還元し、未来を担う子供たちに平等に教育を受けさせることを目的としている。
そして、この事業の目的はそれだけでは無く、教育事業に参加した子供たちの中で優秀な能力を持った子を早くに見出し、社にスカウトするため、という側面もあった。

事業名のB&E(ブレンダン&エミリー)とは、CEOの両親の名前で、彼はこの誉れ高い事業団体に敬意を持って両親の名前を冠していた。

「うん、アルも出席して欲しい」
「昨年のセレモニーには私は出席していません。今回も前年と同じでよろしいのでは?」
「今年は君も出席しよう」
「あまり・・・、その様な華やかな集まりには・・・」
「だからだよ、アル。だから、出席して欲しい」
「CEO?」
「最近のお前、変だぞ。分かってるか? 」

アルバートは言葉に詰まった。

「お前、痩せただろ? ちゃんと飯食ってるのか? それに、いつも沈んでる。 ・・・落ち着いてるけど、
 何か悩み事があるんだろ? それを今言えとは言わないが、このままは良くない」

CEOにそう言われて、アルバートは溜め息をついた。
彼にはばれているだろうと思っていたが、こうもはっきりと言われるとは思っていなかった。

「いいか、これはCEO命令だ。今日は、お前は外出する。賑やかな場に顔をだして、華やかな空気を少し
 でも吸うんだ」

――CEO命令と来たか・・・。
アルバートは眼鏡をくっと上げて、また溜め息をついた。

「分かりましたよ」
「よし! じゃあ、会場までは君が運転してくれよ」

CEOは勝ち誇ったように微笑むと、CEO室へ戻った。

――やれやれ、うちの社にはお節介な人間が多かったんだな・・・。
アルバートは少し口元を緩めながら思った。

しかしダニエラ部長も言っていたが、俺はそんなに痩せたかな、と思う。
今日一日で二人に痩せた、と言われてしまった。
彼は眼鏡を外して拭く作業をしながら、ばれない様に食事はちゃんと取っておくべきだったな、と思った。

その瞳には、久しぶりに穏やかな光が宿っていた。





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