FC2ブログ
--.--
--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

07.23
Tue
アルバートはピピコム社の自分の机で、CEOのための資料をまとめていた。
頭痛がする。
最近は、こめかみの奥あたりが良く痛む様になって来ていた。
原因はストレスだろう。
そしてそのストレスの原因も、アルバートには良く分かっていた。

CEOの結婚式から1ヶ月半が経った今、もうエヴァンジェリンとは連絡を取っていない。
あの、ワシントンハイツの彼女のアパートを訪れた日の後、一度か二度、彼女の携帯に掛けたが、やはり彼女は電話に出なかった。
番号を変えたり、着信拒否をされていないだけましなのかもしれない。
何に対して何がましなのか、よく分からないが。


「じゃあマックス、ブラウザはあ~んな感じで仕上げるわよ」
「うん、今の仕様でまとまったら、もう一度検討しよう」

CEO室とその続き間である秘書室を隔てるアクリル防音ドアが開く。
玉ねぎ頭のダニエラ・ファース部長が出て来た。彼女はチャットか電話で済むような用事でも、CEOが在席している時は必ず直接会って報告をする。
その方がオールドタイプである自分には合っている、という理由で。

アルバートは立って、彼女のために廊下側の同じくアクリルでできているドアを開けた。
その開けた手をダニエラ部長に取られて、廊下に連れ出される。

「ちょっと、こっちに来なさい」
「何ですか? いったい」

ダニエラはよたよたと彼女に引っ張られるアルバートをちゃんと立たせると、彼のスーツをぽんぽんと叩きながら整えた。

「アル、あなた、今の自分を分かってる?」
「何の事ですか?」

アルバートは眼鏡をくっと持ち上げながら彼女に言った。
彼女に自分の瞳を見られるのが嫌だった。

「・・・アル、ちゃんとご飯食べてる?」
「食べていますよ」
「痩せたわよ、あなた」
「・・・」

こんな風に他人の事に首を突っ込んでくるのは、ダニエラらしい。
誰もが他人に遠慮して、自分を守る事に精一杯で、他人に踏み込まない様に生きているのに、彼女は易々とその垣根を越えようとする。
ピピコムの様な、自分の世話だけで手一杯で、余力の無い若い社員が大半を占める会社では、彼女は貴重な存在と言える。

アルバートはこめかみを抑えた。
誰かに悩みを聞いて欲しいが、あまりの事でそれを他人に伝えるのは憚(はばか)られる。
この場をどうやり過ごそうかと、思案する。

「頭痛がするの?」
「ええ、少し」
「薬、持ってるの? 貰って来ましょうか?」

ダニエラ部長の口調は、いつものふざけたものと違って、至って真面目なものになっている。
こういう話し方もできるんだな、普段はやっぱりふざけているのか、とアルバートの顔の緊張が緩んだ。

「いえ、持っています。薬を飲み過ぎてはいけないと思って、今は飲んでいないんですよ」
アルバートは微笑んだ。
誰かに心配される。
こんな小さな優しさが、今はすごく嬉しいと感じる。

「アル・・・、コーヒーでも飲みに行きましょ?」

彼女のいたわる様な瞳の優しさに、アルバートは頷いていた。



*****



アルバートとダニエラ部長は、ピピコム社内の、10人程度が入れる小会議室の片隅に座っていた。
社内に出店している有名カフェ店でコーヒーを飲む予定だったが、そこには社員達がちらほらと休憩のためにくつろいでいて、ダニエラが気を使ってくれたのだ。

会議室の椅子で、アルバートはぽつりぽつりと、エヴァンジェリンとの事をかいつまんで語った。
彼女の事を誰かに話すのは初めてだった。

「はぁ~、なるほどね、謎の女性ってことか・・・」
そう言うとダニエラは座ったまま小さく伸びをして、伸ばした腕を頭の後ろに組んだ。

アルバートは、CEOの結婚式当日、彼女を乱暴に抱いた事は言わなかった。
その事はとても言えなかった。
ただ、当日彼女と喧嘩になって、その後、彼女が自分に何も伝えていなかった事が分かったことを告げた。
ゲイのルームメイトがいる事も伝えてある。
仕事が医者でもなかった事、勤務先も嘘だった事、彼女の家族に会ったことも無い事などもそのまま伝えた。

「どうなんでしょうか? 彼女はいったい何を考えているんでしょうか?」

アルバートは机の表面から目を逸らさすことができずに、ダニエラに聞いた。
ここに来る前に寄ったカフェ店で買ったコーヒーはすっかり冷めてしまい、紙コップから湯気はもう立ち上っていない。
こんな風に、自分に起こった事を誰かに相談するのは勇気がいる。
それに他人にプライベートな事を相談するなんて、今までした事が無い。
いつも、冷静な仮面を被って、誰も自分の中に入れない様にして来た。

「・・・さあ、何を考えているのかしらねぇ?」
「! ・・・ドクターなら、お分かりになるんじゃないですか?!」

アルバートはダニエラ部長の、他人事のような声の調子に大きな失望を感じた。
本当はこんな事を他人に相談しようなどとは思っていなかったのだ。
だが、ドクターと仇名される彼女なら、心理学修士の有資格者である彼女なら、この縺(もつ)れた事態を紐解いてくれるのでは無いかと思ったのに。

「ドクターって言われてるけど、ほんとはドクター(心理学博士)じゃないし。まぁ、修士資格持ってるか
 ら確かに専門だけど、その道を極め切れずに今があるわけで・・・」





>>次へ  >>目次へ


↓ネット小説ランキング↓
   
◆上記ランキングサイトにてランキング登録中。ぽちっとよろしく!


関連記事

trackback 0
トラックバックURL
http://nicika.blog.fc2.com/tb.php/172-5a792549
トラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。