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05.01
Wed
「今日も、三つ揃えのスーツなのね」
と、ダニエラ部長は♡マークをまたもや付けて、アルバートのきっちりとボタンを留められたベストの胸から腹部にかけて、指をつつつ、と這わす。

その指の爪はパソコン操作に邪魔になるからであろうが、きれいに切り揃えられている。
だが、マニキュアがしっかりと塗られていて、アンバランスな感じだ。

アルバートは上半身を引き気味に、少し後ずさった。
その彼の反応を楽しむ様に、彼女は身体を近づける。

――おいおい、近づきすぎだろ。
アルバートは彼女の行動に、思った。

「ミズ、少し近過ぎではありませんか?」
少し口元をほころばせて、彼女に言った。慇懃に、丁寧に且つ冷静に。

「あなたの、きっちりとボタンを留めた鎧みたいなスーツを脱がしてみたら、中から何が出てくるのかし
 らねぇ?」
そう言って、今度はアルバートのしっかりと締められたネクタイに手を掛けようとする。

「セクハラですよ、ミズ・ファース」
アルバートは、遊びが過ぎるぞ、おい、と思いながら穏やかに言った。

彼女がアルバートにこんな風に絡んでくるのはいつもの事だが、今日は少し積極的だ。

「あら? あなたは私の部下じゃないから、セクハラにもパワハラにもなら無いんじゃなあい?」
そう言って彼女は、ほとんど化粧をしていないんじゃないかと思われる顔の、唯一真っ赤に塗られた唇の端を上げた。そこも、妙なアンバランスさを持っている。
だが眼鏡を掛けた奥の瞳は穏やかで、優しさを湛えている。

「どうする? 逃げ場が無いわよ?」

彼女に追い込まれて、アルバートは自分の机に半ば腰を乗せる様になってしまっている。
少しでも彼女から距離を取ろうと、反らした背中を支えるため、片手を机に付かざるを得ない状態だ。


変わり者の多いソフト開発部の中でも、彼女は特に変わり者だ。
彼女はこの容姿と話し方からは想像できないが、心理学修士と行動学士の資格を持っていて、コンピューターにも程ほどに精通しているという切れ者。
その所有する資格の通り、専門は心理学である彼女が、ソフト開発部という専門外の部門で部長をしているのには訳がある。

ソフト開発部に在籍する人間は、当然と言えば当然だか、コンピューターオタクばかりだ。
彼らはスタンドプレーが多く、自分の事しか考えない。取り組んでいるプログラムに夢中になると、残業も休日出勤も、会社に泊まり込む事も厭わないが、乗らない時には完成期日が守れず、協力して作業をすることが無かった。

そんな彼らの中から昇進させ、主任や課長といった肩書を付けると、多くの人間がストレスで辞退を申し出た。それと、部下となった者たちから、多量の苦情が殺到した。

彼らの辞退の理由は大抵、プログラミング作業に集中したい、他人の管理なんてできない、といったものだ。そして、苦情の理由も似たようなもので、命令の仕方が悪いとか、あいつの下で働きたくない、というものだった。

彼らにとって、人間の管理や人間関係を円滑にするという事は、まったくの不得意分野だったのだ。ピピコムができたばかりの会社で、従業員が若いことも理由の一つだったのだろう。
当時、従業員の平均年齢が20代半ばであったピピコムには、経験を持った、管理職に適した人材が不足していた。

そこで、CEOはソフト開発部の人事を一新し、主任や課長という地位を取っ払った。

開発部の人間を班分けにし、一つのプロジェクトを班ごとに担当させる。プロジェクトの大きさによって、2班や3班で受け持つこともある。班には、特定の班長を置かず、プロジェクトごとにリーダーを決める。
一つの班で多数のプロジェクトを持った場合は、そのプロジェクトごとに違うリーダーがいるといった具合だ。
つまりリーダーはプロジェクトのまとめ役で、彼らの上司では無いという位置付けだ。
そして、部の総括に部長が一人、部長補佐が二人、配置された。

当初、ソフト開発部の人事が一新し、彼女が部長に就任した時には社内にどよめきが起こった。
ソフト開発部においては、天地がひっくり返るような状態だった。
コンピューター好きの彼らは妙な連帯感を持っていて、専門外の部長が就任する事に反発を覚えたようだ。

だが彼女はそんな彼らの度肝を抜いた。
彼女がコンピューターオタクたちの信頼を勝ち得るのに、大して時間はかからなかった。
いかにも変り者といった見た目もそうだし、話し方からは想像できない合理的で論理的な思考が、プログラミングに慣れ親しんだ彼らには共感しやすかったようだ。

それに、彼女は心理学・行動学が専門なだけあって、彼らが気持ち良く動けるやり方を心得ていた。
今では彼らから、〝ドクター〟と呼ばれて慕われている。
正確には彼女の持っている資格は修士であって博士(=ドクター)では無いが、白衣を着たら、いかにも彼女にぴったりだという理由からだ。


「困りました・・・。こんな事を、部下にもされているんですか?」
アルバートはそれ以上逃げ場が無くなった自分の身体を、どうする事も出来ずに言った。

「する訳無いわ。したらそれこそ、セクハラって言われちゃうわね」
彼女はアルバートのネクタイを少し緩めながら、ムフフと笑う。

「セクハラだっていう認識は、お持ちなんですね・・・。そろそろやめて頂けると嬉しいんですが・・・」
緩められるネクタイをそれ以上緩められないように、尚も身体を引く。
彼女の身体をぐっと押し除けてしまえばいいのだろうが、自分より役職が高い彼女を乱暴に突き放すのは気が引けた。

「んー、あなたの、そうやって冷めてるクセに耐えてる感じが堪らないのよね~」
ダニエラ・ファース部長は楽しそうに、語尾にまた♡マークを付けて言った。

「何ですか、それ。ストレス発散ですか?」
アルバートは内面を見透かされた様な気がして、彼女に反発を覚えた。
少し眉根を寄せて、迷惑だという事を表現した。

「ふふっ、管理職だとストレスが溜まるのよ。こんなお遊び、あなたじゃ無きゃ、できないものねぇ」
くすり、と笑ってネクタイに掛けていた指を離すと、アルバートに近付けていた身体を少し離した。

アルバートは彼女の体が少し離れたことにホッとすると、反らしていた上半身に入っていた力を抜く。

「心理学がご専門の〝ドクター〟でも、ストレスがお溜まりになるんですか?」
ふとした疑問を口にしてみた。

「あら、人間誰でもストレスは溜まるものよぉ。要は、それを上手くコントロールする事ね・・・。」
そこで彼女は言葉を切った。

「上手くコントロールするのが難しかったら、手っ取り早く、他人に迷惑にならない程度で発散させるの
 がいいわねぇ。その方法は、人それぞれ、だけどね・・・」

アルバートの眼鏡に隠された瞳を覗き込むようにそう言って、口元を上げる。
だが、やはり瞳は話している相手を包み込むように、優しさを湛えている。


カチャ、とCEO室のドアが開いた。

アルバートとダニエラ・ファース部長の顔は、同時にドアの方を向いた。
CEOが、二人の密着した姿に、顔と身体を強ばらせるのが見えた。

「あら、お邪魔が入っちゃったみたい」
「そうですね」

二人は何事も無かった様に身体を離し、アルバートは緩んだネクタイを締め直した。

CEOは尚も、今見た事が信じられない、という様な顔をして身体を硬直させている。



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