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05.01
Wed
火曜日キャサリンの部屋で朝を迎えたマックスは彼女に、夜は僕の部屋に招待するよと言って自分の住まいに戻って行ったが、その約束は果たされなかった。

W&Mに出社した後キャサリンはピピコム担当に正式に決まったジョンに、シンガポールでの不動産物件の確認の経緯とシェントン・ウェイ沿いのビルの再開発計画、その物件が最有力候補であることを伝えた。ピピコム社には、本社法務部宛に今回の件の報告と提案をまとめた物を提出する様に求められている。
キャサリンはジョンと相談をして、どのような提案とするか打ち合わせた。
キャサリンが各物件等の資料についてまとめた物を作り、それにジョンが法規、判例面で加筆修正をする事になった。

ジョンとの打合せが終わった後、キャサリンは総務部で同僚たちにシンガポールやマックスについて尋問とも言えるほど質問攻めにされ、それに答えるのをそこそこに資料作りに没頭した。
何しろキャサリンには時間が無い。

昼休みに入る前に総務部の人間と経理担当者を集めて、ジョンからキャサリンが来週の月曜日を最後にW&Mを辞めることが告げられた。所属弁護士にはもう既に伝えてある。いつも一緒に仕事をしている同僚たちに退社告知をギリギリまで伸ばしたのは、ジョンの判断による。
キャサリンが退社する事による社内での影響を最小限に留めるためだ。
はっきりと、カウントダウンが始まった。

そのあまりにも急な退社告知にその場の全員がざわめく。チーフの後任にはエミリーが決まった。
キャサリンは、今度は同僚たちから急な退社についての質問攻めにあう。
なかなか資料作成は進まなかった。

そして、昼休憩も取らず資料作成を続けたあと、マックスから携帯に電話が掛かってきた。
彼から告げられた内容は、仕事で急遽出かける事になったので今日は会えなくなった、という事だった。
多分明日も会えないと思う、と彼は言った。

キャサリンは彼のその言葉に大きな失望と、会えないんじゃなくて会いたくないの間違いじゃないの? と思った。
しかしそんな事は言わなかった。
マックスはどこに行くのかも、何故行くのかも言わなかった。
ただ、その事を伝えられなくてごめん、と彼女を気遣った。

法務事務所に勤めているキャサリンにとって、企業のCEOが急遽動かなければならなくなった事案とは、その企業のかなり重大な機密に関する事だろうと察する事ができた。
キャサリンだって、企業秘密や個人の情報については固く守秘義務があり、マックスに伝えられないたくさんを事を業務でこなしている。
だから文句を言う事も無く逆に、シンガポールから帰ったばかりでまた出張に出なければならない彼に、労りの言葉を掛けた。

君に会えなくて寂しいよ、と言う彼に、私も寂しいわ、と返した。

本当に、寂しい。
もしかしたら彼とはこれでお終いかと思うと、本当につらい。
NYに帰ってから、彼と別れる度にこの関係は終わりなのだと思っても、彼はまた自分に会いに来てくれるのではないかと期待してしまう。
もう最後、と思うから彼といる間は不安な事を考えず精一杯楽しもうと決めて、実際にそうしているのに。
もう一度だけ、あと一度だけ、と別れた後は必ず思う。

あと少ししか彼と会う時間は残されていない。
来週には故郷のスクラントンに帰るのだから。

ふと、彼に正直にW&Mを辞める事、NYを引き払って故郷に帰る事を伝えようかと、頭をよぎった。だがそれを伝えて、マックスがどういう反応をするかがキャサリンには分からなかった。彼の言っている出張は真実で、キャサリンに会えない事を本当に寂しいと言ってくれているのか、それともそれは嘘で、キャサリンと会いたくないのを彼流の優しさで誤魔化してくれているか、彼女には判断できなかった。

結局マックスに何も言えないまま、キャサリンは電話を切った。
そしてまた、彼に対する自己憐憫にも似た恋々とした思いに胸を焦がした。
彼とずっと一緒にいたい、愛されたい、という思いがキャサリンを苦しめる。
やっぱりマックスに正直に言うべきではないか、とまた頭に浮かぶ。
彼はキャサリンに好きだとか愛しているとは言わないけれど、彼に大切にされている事は一緒にいる時の彼の視線や態度で充分に感じられる。
それを信じればいいのでは無いかと、自分に言い聞かせる。

しかし2人でいる時にあれだけ甘い彼が、その言葉を言わないという事も事実。

やはり彼は、キャサリンに期待をさせないためにその言葉を使わないのだろう。
2人は友達の延長で、責任の無い楽しい時間を共有できる関係で、マックスはそれを望んでいる。
それはこの関係を始める前から分かっていたことだ。

だから、W&Mを辞めて故郷に帰ることはマックスに伝えない。
いや、言えない。

父の病状を伝えれば、きっと彼はキャサリンに同情をして、優しく労りの言葉を掛けてくれる。
それで? その後はどうなるんだろう?

ペンシルバニアの北部近くにあるスクラントンとNYで遠距離恋愛?
父の看病で自由に会えないような年上の相手と?
リッチで魅力的な彼が、そんな女性と付き合うとは思えない。
そんな女性を相手にしなくても、彼のために時間を空けて、彼のために化粧をし、彼のために着飾る女性は五万といるだろう。

年齢的にも、経済的にもキャサリンと釣り合っていたスティーブとだって遠距離恋愛は上手く行かなかったのだ。
マックスを相手に、そんな関係が長続きするとは思えない。

2人の熱が冷めない間はそれでも暫くは続くかもしれないが、そんな不自由な関係に彼が執着するとは想像できるはずも無い。
より魅力的な女性がすぐに現れて、彼の関心はさっさとそちらに行ってしまうだろう。

そんな現実を見たくないから、故郷に帰る事をマックスには言わない。

だって、そうまでして彼との関係を続けた後の別れは辛過ぎる。
きっとキャサリンは今より彼を好きになっているだろう。
今よりもっと彼を愛しているだろう。
父の看病で精神的に疲れて、彼の優しさに頼り切ってしまっているだろう。
父の看病をする以外に仕事もしていない自分は、1週間に1度か、2~3週間に1度の彼との逢瀬に胸を焦がし、その間、彼からの永遠の約束を夢見て、抜け殻の様に過ごしてしまうだろう。

耐えられない。
そんな自分にも、マックスに本当に飽きられて捨てられるという現実にも。
今ならば、マックスがまだキャサリンに興味を抱いてくれている今ならば、彼の中にキャサリンは魅力的な女性だという偶像を残す事ができる。

綺麗な思い出だけを彼の中と、自分の中に残しておける。


キャサリンは、W&Mのあるフロアの、非常階段へ続く廊下の端で溜め息を付いていた。
携帯にマックスの表示を確認すると、急いで事務所を出てここに来た。
そして電話が終わった後は、廊下の壁にもたれて携帯を見つめることを続けている。

画面が暗くなっている携帯を、瞳を閉じて額に当てた。
まるで、携帯電話が電波に乗せて声を届ける様に、思いも電波に乗せて彼に届けようとするように。

――彼に会いたい。
キャサリンの頭の中に、マックスの弾ける様な笑顔が浮かぶ。

そしてその思いに被さる様に、先程の暗い考えが浮かんでくる。

はぁ、と深い溜め息をつくと、キャサリンは携帯を降ろして指で眉間とこめかみを揉んだ。
この考えは堂々巡りだ。
いくら考えても答えは出ない。
いや、答えは出ているが、感情がついて来ない。

キャサリンは携帯をポケットに入れると、事務所に戻るべく歩を進めた。
仕事を、しなければならない。

――今日はやっぱり残業か・・・。
キャサリンは思った。



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