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04.28
Sun
アルバートはCEOの続き間にある自席に座ると、今日の会議の資料をまとめる作業に戻った。
彼はこの会社でCEOの秘書をしている。
この仕事について5年だ。

もともと秘書だったわけでは無い。
大学でMBA(経営学修士)を取得し、このピピコム社に就職したときは経理部所属だった。

アルバートがピピコムに入社して間もなく、食堂でCEOとソフト開発部の人間が自分達で作ったプログラミングのミス探しのゲームに熱中しているのを目にした。
アルバートは少し遅い昼食を取りに、食堂に来たところだった。

アルバートの上司であるマックス・コナーズは若くして成功した経営者で、アルバートより一つ年を取っているだけだ。

大学在学時代にソフト販売で成功した彼は、いわゆる気難しい経営者というタイプでは無く、従業員に対してフランクに話し掛ける癖を持っている。
昼食を社員食堂で取り、各従業員と一緒に食事をして、普段CEOと口をきくことの無い社員と仕事のアイデアや会社の制度について語り合う。社員にとっては、ダイレクトにCEOに意見を言う機会を与えてくれる、有難い経営者だ。
もちろん伝えられた意見が、全てかなえられるチャンスを得るわけでは無いが。

彼は特に、ソフト開発部門やセキュリティ対策部門の社員に人気があった。
もともとそちらが専門なのだから、当然だろう。
彼もプログラムやコンピューター言語や他社のOS等のパソコンにまつわる事について話すことは、楽しかったのだろう。必然的に、昼食時に彼の周りに集まるのはソフト開発部やセキュリティ部門の人間が多かった。

もちろんその時、CEOと親しくなりたいという下心があった。
アルバートは彼らの近くにランチのプレートを持って座ると、彼らの話に耳をそばだてた。

彼らは楽しそうに、専門用語を交えながら語り合っている。
アルバートはふと思ったことを口にした。
〝そのゲーム、社内でトーナメントにしたらどうですか?〟

その場の全員が彼を見た。
そして次の瞬間、いいね、おもしろそうだ、と口々に意見が出る。

〝それで? トーナメントにして、そのあとどうする?〟
CEOがアルバートに更に問いかけてきた。
アルバートは、トーナメントのシステムについて意見を言った。
1年に何回かトーナメントを実施し、いい問題には報奨金を出す、もしくは年間最優秀問題に報奨金を出す、と言った具合だ。報奨金で無くてもいいし、旅行をプレゼント、何も無し、でもいい。

ただ、優秀問題を発案した人物とそれを最短で解いた人物は、大々的に表彰して、彼らの自尊心を満足させる。もちろん、業務の間にプログラミングを考えるのは無し、あくまで空いた時間で考案する。ちょっとした遊びの延長だが、ピピコムのようなIT企業には各社員の技術向上になる。

〝他社でも確か、そういう事例があると思いますよ〟
アルバートは自分のオリジナルでは無い事を伝えた。

アルバートの提案は、ほどなく実現した。
実現にあたり、CEOに意見を求められ、彼と話すことが増えた。

その後、僕の秘書をしないか、と彼から誘われた。
しかしMBAを取っている自分がCEOの秘書というのは、自分の希望にそぐわない。
男で秘書をするというのも、嫌だった。
アルバートは断った。

アルバートの返答をCEOは、そうか残念だな、とあまり残念そうではない表情で言った。

だが結局、辞令でCEOの秘書にされた。

そして今に至る。
現在はこの仕事に満足している。
一介の経理部社員だった頃より、CEO秘書という事で給料は上がったし、経営者の秘書はなかなか面白かった。ピピコムが急成長を遂げ、世界的企業になったせいもあるだろう。
世界的企業のCEO秘書は刺激的だ。

それに、マックス・コナーズCEOは付き合いやすい経営者だ。
年が近いせいもある。

彼はたいてい理性的だし、会社を良くしようと努力するし、自分自身を向上する事にも意欲的だ。
たまに、社内の事や経営者としてどうすべきかについて、彼はアルバートの意見を聞いてくる。その度にアルバートは、率直な意見を言った。それを彼が全てその通りにするわけでは無いし、自分の意見が通るとは思っていないが、そうやって意見を聞かれるという事は彼から信頼を示されているのだろうと、アルバートは感じていた。


そんな彼が、最近、ある女性のことで公私混同とも取れる行動をしている。
今まで恋愛を仕事に持ち込んだことの無い彼には、あり得ないことだった。

アルバートはCEOが付き合って来た女性の事は、ほとんど知らない。
彼の付き合った女性がピピコムに押しかけて来たことも無いし、ディナーの予約を取ったことも無い。

CEOが、招待されているパーティーに出席する時は別だ。
そんな時は大抵パートナーが必要になるので、アルバートはCEOの彼女に連絡を取ることもあった。
だが、その程度だった。

その彼が今、夢中になっているのは、キャサリン・パーカーという女性。
彼女はウィンターズ・マッカラン法務事務所というNYでは中堅クラスの弁護士事務所に勤めている。

その女性とどうやって知り合ったのか知らないが、先週末にCEOはあろうことか、彼女をシンガポール出張へ同行させた。
アルバートは当初その出張に同行する予定だったが、彼にW&M(ウィンターズ・マッカラン)を出張に同行させる様に指示され、彼女が同行する事が決まったあとに、何だかんだと理由を付けて同行を断った。
CEOの意図する事はアルバートには分かっていたし、そんな出張に同行するのは馬鹿らしいと感じたからだ。

――しかし、同行していれば面白いものが見れたかも知れないな。

先程のCEOの様子から見ると、どうやら彼女と進展があったらしい。
シンガポールで、デレデレしているCEOを見るのも楽しかったかも知れない。
それをネタに、後々彼をからかうことが出来た。
しかし結婚とは、早過ぎるだろ、と思う。

まぁ、CEOと初めてW&Mを訪問した時から、彼が彼女と上手く行けば、こんな事になるんではないかとは予想はしていた。
彼の魅力に屈しない女性はいないだろう、と思う。
彼が本気であるなら、尚更だ。

そして、今回、CEOは本気だろう、と思う。
彼と5年以上連れ添ってきたアルバートには分かる。

――CEOも、とち狂ったもんだな。さて、結婚までどのぐらいだろう。
アルバートは彼がキャサリン・パーカーと知り合って間もないはずだと思っていたので、彼が結婚の2文字を口にするのは早過ぎる様に感じていた。

だが彼が、一旦それを口にしたからには、それは実現するだろうと思う。
彼の気持ちが変わらなければ。
キャサリン・パーカーが彼を繋ぎとめるだけの魅力を持った女性であれば。


「はぁ~い、CEOはご在室?」

軽薄な声と共に、秘書室の廊下側の半透明なアクリルガラスのドアを開けて、女性が入って来た。
ノックもせずにこうやって入ってくるのは、ソフト開発部の部長、ダニエラ・ファース。彼女はCEOに報告する事があるとの事で、アポイントを取っていた。

「ご在室ですよ」
アルバートはいつもの様に口の端を上げて、笑顔を作った。
そして、続き間であるCEO室のドアをノックしようと立ち上がる。

「あらアル、今日も素敵なスーツを着てるのね」
彼女は少し大げさにしなを作って、アルバートに微笑みかける。

「ありがとうございます、ミズ・ファース。あなたも今日もお美しいですね」
アルバートはにっこりと、この、人をおちょくった様な部長に切り返した。

ソフト開発部という、IT企業の心臓ともいえる部門の部長をしている彼女は、43歳。
他社からのヘッドハンティングだ。

通常、役職の付いた社員はスーツを着ているが、彼女は細身のジーンズにたっぷりとしたニットを着て、首にカラフルなストールを巻き、髪を高い位置でまとめている。その髪には日本の〝かんざし〟という棒が1本刺さっている。
その髪型は、童話ムーミンの玉ねぎ頭のキャラクターにそっくりで、彼女のトレードマークになっていた。
そして眼鏡を掛けているその姿は、部長というより、研究者といった感が強い。

「んふっ、あなたにそう言われると、お世辞でもうれしわ」
彼女は語尾に♡マークが付いていそうな声で言うと、CEO室のドアの前に立ってドアをノックしようとしているアルバートに近寄って来た。



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