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04.21
Sun
マックスは眉間にしわを寄せて、険しい表情をしていたが、彼女につられて笑顔になった。

「・・・ああ、まったく、とんだ災難だったよ」
「その店長に、言ってやれば良かったじゃない。自分はピピコムのCEOだって。200ドルなんか盗むは
 ずが無いって」
「そんな事その場で言ったら、ますます頭のおかしい奴だって思われるよ」

彼の言葉に、キャサリンは、マックスがそう言ったとしたら、更に白熱したであろう店長と彼の喧嘩を想像した。
「きっと、店長はもっと怒るでしょうね」
「しまいには包丁を持ち出して、追いかけ回されてたかも・・・」
マックスは真剣な表情で言った。

2人は声を出して笑う。

彼といるのは楽しいと、キャサリンは思った。
と同時に、この楽しさは今だけだという思いも、確信の様に心を占めている。

キャサリンは、マックスとの出合い方のせいで、当初彼に反発心を覚えていた。
しかしそれは、彼女自身も気付いていなかったが、魅力的な彼に惹かれまいとする、彼女なりの防衛策でもあった。

だからだろうか、彼女は彼に、正直に自分を出すことができた。
最初からマックスを恋愛対象として意識していたら、カチンコチンに緊張して自分を装い、彼との会話もままならなかっただろう。
もちろん自分が年上だという余裕もあるが、マックスの気さくな性格も彼女がリラックスできる大きな要因だ。

仕事をしていない時の彼は、とてもCEOとは思えない。
シンガポールの街角のカフェで、アイスミントティーを飲んでいる今の彼も、どこかの大学生が観光旅行に来ているとしか、誰も思わないだろう。
そんな茶目っ気にも似た雰囲気を、彼は持っている。

彼は理想の恋人と言えた。

だからこそ、キャサリンは劣等感をぬぐえない。

彼が自分の様な女を選ぶとは思えない。
今だけ、シンガポールと言う異国での魔法にも似た状況だから、こんな事が起こったのではないだろうか。
彼は今、その魔法にかかっているだけなのだ。
きっとアメリカに帰れば、彼に掛かっている魔法は解けてしまうだろう。

そしてその時、キャサリンはきっと打ちのめされるだろう。
彼に恋していると気付いた今、キャサリンにはそれが良く分かる。
その時自分は、みじめに、彼に行かないでと懇願してしまうかも知れない。
私を見て、私に微笑んでと。

そんな事になるのは嫌だ、と思う。
そんなみじめな姿をさらす事はしたくない。

だから、彼女は彼との別れを予期しながら、彼に接しようと心に決めていた。
そして今だけは、彼が魔法にかかっている事を素直に喜ぼうと思う。

嬉しい事に彼は、キャサリンをまるで恋人の様に扱ってくれる。
SEXの後、キャサリンを本当に求めている様に、ぎゅっと抱きしめてくれた。
その後もまるで、彼女を愛おしむ様に優しく接してくれた。
今も彼の瞳に宿る優しさは、本当の恋人に向ける熱を帯びている。

だかそれは、今だけなのだ。勘違いをしてはいけない。
――勘違いしちゃいけない。
呪文の様な言葉。
でも、今だけ、恋人でいたい。
勘違いでもいい。
今だけは彼の本当の恋人でいたかった。

キャサリンは、スティーブとの別れで感じた事と、その後に起こったローザからの言葉とジョンからの言葉のせいで、完全に自分に自信を無くしていた。
ローザとジョン、オズとは和解をしていたが、一旦傷ついた心は元に戻るのは難しい。
そのため、あまりにも卑屈になっていた。

彼との明らかな身分の違いが、それに拍車をかけていた。


「さてと・・・、次は中華人街だったけ?」
ひとしきり笑った後、マックスはキャサリンに言った。
ここを出ようという合図だ。
「そうね」
キャサリンは微笑みながら彼に返す。
「ああ、まったく、君の立てたスケジュールはアルの管理より厳しいな・・・。全部回ったら足が痛くな
 るだろうな」
マックスは彼女の組み立てた観光スケジュールに不満を言う。
電車でここまでくる間に、観光に回る予定地と順番をマックスに伝えてある。

「いいのよ別に、ついて来てくれなくても」
キャサリンは彼の言葉にムッとして言い返した。

「冗談だよ。行くよ、いや、ついて行かせてください。・・・これで満足?」
「・・・いいわ、ついて来させてあげる」
彼女は彼の言葉にニッコリと微笑んだ。
彼も彼女に微笑み返す。
「行こうか」
そう言って立ち上がった彼に促がされて、キャサリンも席を立った。


2人はその後、電車を使って中華人街に行った。
ここもすごい人だった。アラブ・ストリートと雰囲気ががらりと変わり、街全体がけばけばしい。
観光客の溢れる中華人街で、露店の様な店で食べ物を買って食べ歩きをし、衣料品店で[I❤SG]とロゴの入った帽子をおそろいで買った。ちょっと前に流行った[I❤NY]のロゴを真似た商品だ。
2人ともその帽子を、いかにも観光客ですとばかりにかぶって道を歩いた。

そしてキャサリン念願の、スリ・マリアマン寺院を訪れる。
中華人街の真ん中にあるこの寺院は、とにかく極彩色の神々が屋根の上を所狭しと鎮座し、ド派手だ。イスラムのサルタン・モスクとは趣(おもむき)の全く違う寺院に、2人は呆気にとられながら入り口で靴を脱ぎ中に入った。中に入っても、あらゆる建物の上にありとあらゆるヒンドゥー教の神々がぎゅうぎゅう詰めに彩り豊かに配されている。参拝に訪れているヒンドゥー教徒と思われる、インドのサリーを着た女性たちも印象的だった。2人で首が痛くなるくらいに上ばかり見ながら歩いていると、急に雨が降ってきた。
シンガポールはこの時期、雨期なので、今までの滞在中に雨が降らなかった方が幸運だったのだ。

キャサリンとマックスは、帽子があって良かった、と言い合いながらスリ・マリアマン寺院の中の建物の下で一休みをした。幸い雨は2、30分で止んだ。短いスコールの様な感じだったようだ。
通常、雨期のシンガポールではスコールの様な一気に降る雨は珍しく、しとしとと降り続く雨が多い。これまた2人はラッキーだったと言える。

まったくシンガポールは面白い国だ。
小さな国土に、違う文化を持った人々がそれぞれの文化を主張しながら共存している。
この角を曲がるとインド、この角をまわるとイスラム圏、その角を曲がると中華、あっちから先では先進国のショッピング、と言った具合だ。国土が小さいので、観光名所も凝縮されていて、少しの移動時間で色々な所を見て回ることができるのも楽しめる要因だろう。

雨が止んで、もう降ってきそうにないか空を見ながら確認し、2人はスリ・マリアマン寺院をあとにする。
雨が降ったせいで、湿度を含んだムッとした空気が街全体を包んでいた。



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